2017/06/14

汐音のフランス旅2017~その5そこは監獄だった…コンシェルジュリー~

コンシュエルジュリー
パリの一番古いエリアにあり、
青いとんがり屋根なんかあったりしてパッと見はいかにもヨーロッパのお城。

IMG_5512.jpg

もともとはブルボン王朝より前の王朝、カペー朝の王の宮殿でした。

で、

フランス革命以前から牢獄、裁判所として使われてました。
フランス革命時はここに収容され、断頭台へと臆された貴族や革命家、文学者は2600人くらい。その中にはマリー・アントワネットやロベス・ピエール、デュバリー夫人等々名の知れた人たちも含まれます。

フランス革命って、ベルばらのイメージで行くとバスティーユの襲撃に市民が成功してクライマックス!
みたいに見えますが、あそこは序の口で、そこから、ロベスピエールによる恐怖政治(自分に逆らったやつはみんな投獄したり、殺戮したり、とにかく民衆を暴力的な恐怖によって統制しようとした)が何年か続くわけで…

スカピンはバスティーユ襲撃から約5年後のお話です。

アントワネットは1789年の革命勃発の際にベルサイユ宮殿からパリのテュイルリー宮殿に身柄を移され、(この時点では捕らえられたというより、ベルサイユからパリへ居住まいを移した)
そこでは割と貴族的な生活を送れていたようです。そこから1年後

フェルゼン伯による国外逃亡に失敗

パリに連れ戻されてからタンプル塔に一家幽閉。

ただ、タンプル塔ではまだ使用人やらお針子やら雇っていたらしいので、待遇は良かった模様。
先日の六本木で開催されたアントワネット展でもタンプル塔でアントワネットとエリザベトが手がけた絨毯が展示してありました。
その絨毯が大きくてびっくりしたけれども、おそらく雇ったお針子の手もだいぶ入っているかと思われます。

そして、ルイ16世の処刑後半年くらいたってからアントワネットはこのコンシェルジュリーに移されました。
移されてから2ヶ月ちょっと、ここで過ごしました。

その後、革命裁判にかけられ
あることないこと罪をかぶせられ、
アントワネットはそれに毅然と立ち向かいながらも死刑判決

翌日には即ギロチンです

革命裁判はどんどん時短が進められ、裁判の後は直ぐに処刑。
このシステムを考え出したロベスピエール自身にも適用されて
まさしく自分で彫った墓穴に入った人だなぁっと思ってみたり。

前置きが長くなりましたが

コンシェルジュリー内部の展示を見て行きます。
まず、入り口がわからなくてグルッと一周してしまいましたが、
半地下のような狭い入り口を降りて内部へ。
厳重なセキュリティチェックがありました。金属探知機通った。

チケットは9ユーロ(ミュージアムパス適用可)
 
興味のない人にとっては展示の地味さから高いかもしれませんが、フランス革命に興味があって、ある程度英語がわかる人には非常に価値ある9ユーロかと。
説明文がフランス語と英語、タブレットによる解説もあるんですが日本語非対応です…

今回、私たちにはFRANさんがいた!

英語の解説をそのまま理解できるFRANさんに
それをわざわざ日本語に訳していただくのは非常に申し訳なかったのですが
本当に、本当に感謝です。

入ってすぐのチケット販売所もあるこのエリア
高い天井でただっぴろい憲兵の間

IMG_5587.jpg

14世紀初に建設された広間で天井約8.5mほどあるらしい。
ここはその昔兵士たちの食堂だったそうです

外はすごい暑いのに、中は涼しい
混雑もさほどありません

順路が良くわからなくて
いきなりお土産売り場に行ってしまい
そこにおいてあった本が何冊か気になりつつも
ベルサイユ宮殿が出版してる本だから、
宮殿の本屋で買えるから今はいいやと思ったら…

案の定宮殿にはなかったよ…

海外旅行の定説

ほしいと思ったものは後ではなく今!

わかってたのに…
書籍が割りと充実してました
次ぎ行ったら買う!

展示はフランス革命に関して、わかりやすく(英語がわかれば)目でも楽しめるように映像を使って展示が工夫されていました。
フランスのテレビ局からマリー・アントワネットの取材を受けたときに初めて知ったんだけど、フランス人って日本人ほどマリー・アントワネットに興味ないのね。

日本人の持つアントワネット像って
ほとんどがベルばらが作った、偶像

フランス人にとってのアントワネットは「日本人が徳川のお姫様に抱く感情と同じで古臭いものの1つ」とからしい。

でも、まぁ、そうだよな。

私たちはイケダリヨコ女史の漫画で全てを知った気になっているけれど、それはあくまでフィクション。

展示を見る人たちは欧州の方々がほとんどだったけど(連休中だったらしい)、私たちのほかに居る日本人だけが熱心にアントワネット関連に見入っていた印象でした。

入って直ぐにフランス革命の年表に沿った映像が見れます
それに沿って、当時の拷問器具とか、残っている書類みたいなものと文章の説明
それがかなり内容的に濃い目で(ただ英語がわからないとほとんど意味がわからないかも)
興味深いものがたくさんありました。
途中、革命裁判に登場するアントワネットの映画か何かの映像が流れていて
よりリアルに感じた。

ロベスピエールの胸像がありました

IMG_5564.jpg
だいもん!って思ったw


牢獄は囚人たちの持参金に応じて部屋が決まったらしく、藁の上で寝る部屋、ベッドがある雑居房、家具入りの部屋などがあり、以前は囚人姿の蝋人形があったらしいんですが、私が行ったときにはありませんでした。
フランス版「1789」のプロモーションビデオで、藁の部屋で踊るシーンがあって

「ここかぁ」っと。

外は30度以上あるのに薄ら寒くて、光もなくて、窓もなくて、なんとなく湿った空気が流れてて、きっと当時は臭いもきついだろうな…っと想像しつつ、実際問題、不衛生で病気で亡くなる方も多かったとか…

コンシェルジュリーに収容された人たちの名前が刻まれた部屋もありました。
多くの人がこの場所で絶望的な日々を経て、形ばかりの裁判をし、
コンコルド広場で処刑された…

この場所にくると、それが事実だったって嫌ってほど感じます。

長引く恐怖政治
流されたたくさんの血

結局何も変わらない貧しさ

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恐怖政治うんざりな人の図

ここ1年、フランス革命について色々調べましたが
調べれば調べるほど血なまぐさすぎて
知れば知るほどうんざりします。正直。
そして、ここでそれをさらに突きつけられます。

IMG_5568.jpg
ギロチンの怖い絵

この場所に来て、もっと重い空気を感じるかな?とか
場合によってはメンタルに何かを食らうかな…とか心配したんですが
この場所にはなんかの強い念とか恨みとか憎しみとか全くなかった。
なんか、これはたぶんフランス人の気質によるのかな…そんな気がした

日本人みたいにジメジメしないんだよね。フランス人。
今も、昔も。

だから幽霊の話とかフランスにはあんまりないみたいです。
パリ市内なんてあっちこっちで大虐殺起きまくってて
出るんだったら幽霊だらけになっちゃうけどww

ギロチンに送られる貴族たちは
みんな毅然としてその場に立ち向かったといいます。(デュバリー夫人を除く)
その状況を受け止めて、最後まで貴族としての誇りを持って毅然と…
そしてそれが逆に恐怖政治を長引かせる結果を招いたのでは…っと死刑執行人の日記に残ってます。
もっとギロチンかけれられる前にみんなが泣き叫んで命乞い死まくれば、民衆の目ももっと早くさめただろうって。

コンシェルジュリーのメイン展示だと思っていたアントワネットの独房の再現は、この日公開されていませんでした。
他の蝋人形も撤去されていたので、展示自体やめたのかな?

元々アントワネットの独房があった場所にはルイ18世(16世の弟)の命で作られた贖罪礼拝堂があります

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贖罪礼拝堂

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この場所にアントワネットの独房があったらしい
ここには、牢獄で過ごしたアントワネットの絵が何枚かあります

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これもルイ18世と娘のテレーズが王政復古で戻ってきた際に描かせたらしいです


なんだろう
なんかこう

スーン

とした空気が流れてました
重くもなく、暗くもなく、ちょっと冷たい

スーン

とした空気。

DCNjCTXUIAAiRma.jpg

アントワネットの処刑後に、同じようにギロチンにかけられたエリザベト(ルイ16世の妹)も

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この建物内でここだけはなんだか空気が違って

スーン

擬音でした表現できないけど

スーン

この感じ、どこかに似ている!っと思ったらハプスブルク家の霊廟のシシィが眠っていた場所もこんなスーンとした空気だったなぁと思います。



なんだよね。
結局死後は無。

贖罪礼拝堂と同じ部屋?っというか空間の反対側にアントワネットの遺品がいくつか展示してあります。

この場所の空気は激重です

スーン



ズズズーン

になった感じ。


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処刑の日のアントワネット

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遺髪

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下着

のめりこみそうなほど重いです
そして、マリー・アントワネットという人の存在をどこよりも感じる場所です。

私は彼女を悲劇の王妃だとは思いません
ベルばらの中のような悲劇のヒロインではないと
彼女のことを知れば知るほど、
彼女が残したものを見れば見るほど思います。

漫画や舞台でたくさんのアントワネットを見てきて
彼女のこと何でも知った気になっていたけれど

多くの日本人はフィクションの中の彼女しかしらない

マリー・アントワネットは
最後の最後まで、その血の1滴まで、
貴族の中の貴族

そう、私のような庶民には到底考えが及ばないほど骨の髄まで貴族的

現代の日本で生きる私に
彼女の気持ちを理解するなんて
彼女が何を考えていたかを理解するなんて
できないことなんだなって思った

ただ、彼女を感じるこの場所に来ることで出来て
彼女が物語の中の悲劇のお姫様ではなく
生身の人間として生きた足跡をたどり
知れば知るほど、私はなぜか彼女に興味が沸いた

ベルばらの中の悲劇のヒロイン像が正直好きではなかったので…
お姫様像から離れて生身の彼女を知るほどに興味が沸く

その場所の展示の最後に

『彼女のコンシェルジュリーでの生活は
 色々な噂や伝説が入り乱れて
 本当のことは誰にもわからない』

と書かれていました。

その通りだと思う。


ただ、この場所に居た事実を感じる



アントワネットのことだけでなく
この場所で学んだフランス革命の様々なことが
今回のフランス渡航でもかなり印象に強く残った場所です

行けてよかった

コンシェルジュリーから、ギロチンがあるコンコルド広場まで歩いても20分かからない距離かな。
この場所を出る際にこの部屋で所持品の引き渡し、剃髪し、シャツの襟を裂く(ギロチンの歯が引っかからないようにするため)といった死刑執行のための準備が行われたそうです

IMG_5584.jpg

多くの人が、ここから出るときに死を覚悟してた

きっと…

そんなことを思いながら

IMG_5588.jpg

明るい世界へ戻る!

つづく

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