2018/02/26

どこまでも透明なみりおエドガーに捧ぐ~ポーの一族感想文・2~

観劇から1週間経って


ふわっと思い出す


みりおのエドガーが醸し出すあの透明感


舞台の内容自体はだいぶアヤフヤな記憶になってしまったのだけれども
あの透明な空気のような存在感のエドガーが
本当にこの世のものだったのか…どうか…

この目で見たんだから、
この世のものだったんだけれども

なんだか不確かな、なんともいえない不思議な気持ち

これはみりおのトートを見たときも思った
いい意味で血が通っていない存在
まるで半透明の存在を見ているかのうような
この世にいるけど、同じ次元を生きていないような

不思議な存在

ちょっと方向性は全然ちがうけど
「ドン・ジュアン」でがおり氏が見せた騎士団長の亡霊のように、存在感が自由自在でいつの間にかそこにいて、いつの間にか消えて、

でも絶対そこにいる!!

みたいな

エア感

これをみりおは出せる役者なのだなっと改めて思った。

どうしても、容姿が美しすぎて
その容姿にばかり目が行ってしまうけど
たとえばあの容姿で、下手な役者が演じたら
バンパネラのあの怪しさは
どんなに過多な演出をしてもかもし出せないと思う。

容姿、役者としての技量共に
みりおじゃなきゃ、


あのエドガーは出来なかった。


容姿が美しいだけじゃ
エドガーは出来ないんだよ
みりおのかもし出すエア感は

どこまでも透明で
表面が冷たくて
内側がとても熱い

トートと決定的に違うのは
少年と青年のあやふやな瞬間を体現していることだと思う。
トートに年齢はないけれど、
なんせ黄泉の帝王なので、エドガーよりは青年よりというかどっしりした部分がある程度必要とされるけど

ギムナジウム!

という単語にときめく花の24年組を愛する世代にとって
あのあやふやな年頃の男子を
タカラジェンヌが体現しきるってことに

驚愕する

ただの少年じゃないんだよ
微妙な年頃なんだよ!!

原作の設定よりやや年上に見えるけど
それは、それで、

個人的には

ただの萌

れいちゃんのアランが結構幼く見えるので
エドガーとアランの対比を描くのに
バンパネラのエドガーがちょっと大人びて見えるのは必要なことだとすら思った。

私が見た日はたぶん…カラコンなしバージョンだったけど
舞台上でカラコンが負荷になるんなら
そんな見た目がちょっと変わる何かなんていうアイテムは
みりおエドガーにはあってもなくてもどっちでもいい。


窓から現れた姿に

全身の血がぶわーーーーっと沸き立って
鳥肌が立った

この世に存在しないものを
見てしまったような
不思議な感覚だった

透明感というのは
なにかを頑張って得られるものではない
品や華と同じく
役者個々の資質の1つだと思う。

どこまでも透明なみりおエドガーが
空気を操って織り成す物語に
やっぱりあの大げさな音楽や演出はすごく邪魔だったけど…

もはや無音でもいいくらい

みりおエドガーという存在には、
見ているだけでもお金を払える価値が十分にあった

なんかもう、

これ、ちゃんと映像に映るのかな?

って心配になった。
スカステ見る限り映ってるけど
ディスク化したら見えなくなったりしそう…

なんて、いらぬ心配をしてしまう。

劇場で見るのと
映像で見るのと

また違って見えるんだろうが
映像は映像でハイビジョン収録だとどんな風に見えるのかちょっと楽しみ

原作に熱烈なファンが多い作品
私も含め、この作品を特別な存在として思い続けている人はかなり多い。

相当なプレッシャーだったと思うし
エドガーの扮装以外のときに見る
ほそっこくなってしまったみりおを見ると

スゴイ頑張ったね!!

ってなんだか胸が熱くなる

仕草、表情、走り方、
そしてその存在感

文句なしに、エドガーだった!

みりお、エドガーをこの世に見せてくれてありがとう!!


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